シーズン39もとうとう最終エピソード。ぜひお読みください!一週間は無料で読めます!
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第390回 書かれている通りに読む難しさ(後編) - Web連載「#[0]」(結城浩) girlnote.hyuki.net/trial/390/ #[1]より
:hyuki: また、小さなウェブサイトを作りたくなってきました
最近ChatGPTとの対話を記録・公開することが多くなってきました。
そのときにはgistを使って気軽に投稿してますね。でも、最近それがずいぶん多くなってきたので、対話用の新しい小さなウェブサイトを作ってもいいかなと思うようになりました。
でもすぐ飽きてしまいそうな気もしますし、どういう形がいいかなと思っています。
gistが良いのは、テーマも題材も関係なく、Markdownで書いておけばそれらしく表示される点です。ただ細かいところでは気に入らない部分もあって、自分用のサイトに置き換えたいという気持ちもあります。
でも、最近こんな風にも思います。全部自分のドメインにするのではなくて、GitHubのドメインでやることに意味がありそうだなということ。
あまり考えすぎなくてもいいのかな。これまでもたくさん小さなウェブサイトは、その都度興味が赴くまま作ってきましたし、しばらく遊んで飽きたからもう放置していますし、それで特に不都合はありません。
本格的にユーザ管理をして作り込んでいる部分があったりすると、脆弱性や個人情報漏洩や、踏み台になったりする危険性がありますけれど、そういうウェブサイトはあまり最近は作らないようにしているので、安全性にそれほど問題はないでしょう。
作る前にあれこれ考えているのは楽しいのでいいんですけどね。
:hyuki: カフェと音楽と豊かな時間の話
カフェと音楽と豊かな時間の話。
今日の朝はいつものマックではなくて、モーニングをやっているカフェで勉強していました。いつもより朝の散歩に出る時刻が遅くなったので、その結果としてカフェが開いていたというわけです。
たいていはバッハを聴きながら本を読みます。今日はレオンハルトのイギリス組曲を聴いていました。バッハを聴きながらといっても、実際に本を読み始めると、音楽は少なくとも意識の上では聞こえなくなるのですけれどね。
そのような、「音楽が聞こえなくなるために聞く音楽」というなんだか逆説めいた音楽にはバッハが1番です。
きちんと規則的にリズムを刻みながらも、そこに美しさがあるという、素敵な散歩道を歩いているような感覚があります。
バッハはいいですね。
AirPodsを使ってノイズキャンセルをすると、もともとカフェに流れている音楽の音は聞こえなくなります。もちろん、人のざわめきもほとんど聞こえなくなります。でも人が全くいないのとも違いますね。人の気配はやっぱりあって、それは自分が本を読むときに良い効果をもたらしているようです。
本を読むといっても、実際に読んでいるのはPDFで、読んでいるデバイスはiPhoneです。
そして、気になる部分があったら、そこをマークしてスクリーンショットを撮ります。そして自作の復習システムであるtriggerにそのスクリーンショットを送っておきます。そうすると数日後か、数週間後に、そのスクリーンショットが自分宛にメールとして送られてくるのです。
毎朝のわずかな時間(30分程度)ですけれど、こんなふうに、散歩の途中でカフェに着地して、バッハを聴きながら本を読んで勉強しています。それはなかなか豊かな時間と言えるでしょう。
おはようございます。
:hyuki: ホワイトボードが届きました
昨日ホワイトボードが届いたんですが、ホワイトボードに書くときの気分はこれはこれで違いますね。キーボードからタイプするのでもなく、音声入力するのでもなく、紙に手書きするのでもない感覚があります。面白いですね。
ホワイトボードに何かを書きっぱなしにしておいて、そこを通るたびに目につくようにしてもいいのですけれど、なんとなく「ホワイトボード日記」的に、その日のことを変えたりその日に考えることを書いたほうがいいのかなと思っています。
気軽に書いて、気軽に消せるところが良いので、あまり気負わずに書いてみたいと思います。毎日あるいは適当なタイミングでホワイトボードの写真を撮って残しておくのも楽しそうですね。ところでホワイトボードが意外に反射するので光が映り込むことが多いですね。画像処理をしてうまく プレーンテキストにしたいところです。プレーンテキストというか、なんていうんだろプレーンな画像かな。
いかにもそういうアプリはありそうです。とりあえず「ホワイトボード日記」というノートブックをEvernoteに作っておくことにしました。Scannableというアプリを確か以前使っていた記憶があります。それを使えばいい感じに切り取ってくれるんじゃないかな。
模様替えであいた壁にちょっと掛けるタイプなので、あまり大きくはありません。90cm×60cmくらいの小さなものを試しに掛けています。いい感じに使えるのであれば、もっと大きなもの(あるいはシート上になっていて壁面全体とか?)をホワイトボードにするのも楽しそう。
おはようございます。
息子に誘われて映画『グリッドマン ユニバース』を観てきました。SSSS.GRIDMANとSSSS.DYNAZENONを観ていたのでなかなか楽しめました(観ていないとつらいと思う)。
とある新しいサービスに申し込みをしました。「手書きの書類はゼロで、すべてネットで完結した」のはうれしいのですが、その申込書がいわゆる「ネ申エクセル」でうんざり……ものすごくうんざり……まあ想像してくださいよ。自分の名前や、電話番号を、一文字一文字別のマス目に入れていく苦行を!!
おはようございます。
:hyuki: 集中することについて
集中して作業するということについて。
先ほど少しプログラムを書いたりChatGPTと対話したりして過ごしていました。そして「はっ」と気が付きました。作業しているときは、自分がどこにいるのか、どんな姿勢でどんな椅子に座っているのかをすっかり忘れていたからです。
一言で言えば、集中していたわけですね。
最近椅子をリニューアルしてしばらく落ち着かない日を過ごしていました。座っている角度が気になったり、体の姿勢が気になったりするからです。椅子の方や、自分の姿勢の方が気になって作業に集中できないのです。
でも、背もたれクッションを購入して調整したり、毎日座って作業しているうちに慣れてきたようですね。先程の作業中は全く椅子のことを考えなかったからです。
当たり前のことですけれど、「集中している状態」というのは「それ以外のことを忘れている状態」ともいえます。
またこんな風にも言えます。集中している状態を作るためには、集中することに努力するのではなくて、集中を妨げているものをできるだけ取り除くのが大事なのだなということ。
当たり前の話をしているようですが、意外に難しいことでもあります。なぜなら「忘れよう」と意識することはかえってそちらに意識が向いてしまうことになるからです。
ですから、忘れようと意識するのではなくて、注意を引く物理的な何かを取り除くことが大事なのだなというお話です。
それは場合によっては音のこともありますし、光の場合もあります。まぶしいとかそういう話ですね。体のどこかがかゆいとか、痛みなども注意をそらす要因になります。
なかなか難しいのは、たとえば音。うるさすぎるのはもちろん困るんですが、静かすぎるのもときには注意をそらす危険性があります。こうすれば良いと単純には言えません。
集中して仕事を行う場面が、しばしば呪術的になったり、儀式的になるのは理由があるのかもしれませんね。つまり、「いつもと同じパターン」にうまいこと落とし込んで、集中した状態(何かに気を取られない状態)を作り出そうということなのです。