数が大きいマイノリティの代表例である女性を書き忘れた。人数が多くても、社会の中でマイノリティの立場に追いやられることは普通にある。それが一番わかりやすい事例が、男性がマジョリティであり女性がマイノリティであるという今の社会の状況だ。ほんの少しずつ改善しているけれども、まだ格差は大きい。
(与党がアレなのは一旦置いておいて)国民民主とか維新とか参政とか、マイノリティを軽視・蔑視するような政党が伸びてしまうのは、やはり日本の中でマイノリティ蔑視の空気が濃く広がっているってことなんだろうなあ。(そういう空気があるから、並行して与党の極右かも進んでいるってことなんだろう)
どんなに党首が酷いこと言ってても、自分とこの「俺たちのセンセイ」は、自分たちの利害に反することはしないはずだ、と言う関係性を作れるのが与党議員の強みだよなあ。利害演出をしやすい。各種イベントに顔を出して地域の顔として知名度を上げられる。
ある意味で「まっとう」な政治活動なんだよな。まさかその「センセイ」が、党内勢力の変遷で極右の走狗をやらされているとは思わんもんな。
数が多いのにマイノリティだ、という状況が起きているといえば、労働者と経営者の関係がそれだ。
多くの場合、権力差が大きいために、人数が大きいにもかかわらず労働者の方がマイノリティの立場にある(労働者がちゃんと団結できていないから、というのもある)。
経営者は経営者で「労働者は楽でいいよ」とか思っているかもしれないが、明日の不安がより大きいのはどちらかといえば、大抵の場合、労働者側だろう。
数が大きいマイノリティの代表例である女性を書き忘れた。人数が多くても、社会の中でマイノリティの立場に追いやられることは普通にある。それが一番わかりやすい事例が、男性がマジョリティであり女性がマイノリティであるという今の社会の状況だ。ほんの少しずつ改善しているけれども、まだ格差は大きい。
(与党がアレなのは一旦置いておいて)国民民主とか維新とか参政とか、マイノリティを軽視・蔑視するような政党が伸びてしまうのは、やはり日本の中でマイノリティ蔑視の空気が濃く広がっているってことなんだろうなあ。(そういう空気があるから、並行して与党の極右かも進んでいるってことなんだろう)
一人一人じゃなく「支持者たち」という枠組みで見てしまうと、もう見ていても見えていない状態なんだろうなと思う。
しかし一人一人について見るような余裕を持てない。今は、普通の日本人が怖い。と言う気持ちがぐるぐるしてて。
死に加担して、加担してる自覚がない。っての辛いけどまだ自覚がないところが救いかもしれない。自覚した上でなお、マイノリティを死に追いやる政策を支持するような人もいるんだろうから。
「マイノリティの命なんてどうでもいい・知ったこっちゃない」と思う人が無視できないほどたくさんいる中で暮らしを作っていくのか、という絶望感。
世論調査のニュースを見ると、なるほど「極右」が普通になる国が出来上がりつつあるんだなあと感じる。アメリカの惨状を見てもなお、と思うが、高市自民や参政を推す人からしたら、そこに共通点があるとはそもそも思ってないんだろうな。