ヘイトの問題だけじゃない。ある特定の事実を信じたくない人たちのところには、「その事実は捏造だった」という意見ばかりが集まるだろう。信じたい人たちのところには「その事実の証拠がこんなにある」という意見ばかりが集まるだろう。間違いかもしれない、と思うことすら難しくなっていく。ただでさえ、人は自分の間違いに気づきたくない生き物なのに。間違いに気づくことで人は発展してきたのに、間違いに気づくことから無理やり遠ざけられているのが、アルゴリズムが支配するタイムラインの先にある未来なのではないか。
そういうアルゴリズムが支配するタイムラインの中では、反論が不可視化される。反論は、反論している人と同じ傾向の意見を持っている人にだけ見えていて、反論したい相手からはとても見えづらくなっている。反論している人のボリュームもとても小さく映るだろう。仮にそれがとても重要な反論だとしても、取るに足らない反論だ、と受け取りやすい構造ができている。 これって、とても恐ろしい。
𝕏やメタ的には、「見えなければ揉めないだろう」「見えないなら不安に感じることもないだろう」と思っているのかもしれない。でも、排除したい人がいるけれども見えない状態って、怖いよ。 それならば、SNS上で見えていてちゃんと批判されている方が安心だ。排除したい人たちだけが排除したい人たちの中で排除の正当化言説をいいねしあっているとしたら、それはとても恐ろしい。そういうことが起きているかどうかも、アルゴリズムの支配下にあるタイムラインからは見えない。起きていないのかもしれない。起きていないと信じていたら、リアル社会で、ネットの中で膨らませたヘイト言説をぶつけられるかもしれない。そういう怖さがある。
𝕏とかThreadsとか、思想や嗜好が近い人の投稿を見せ、離れている人の投稿を見せないようにしているけれども、これは「同じ場所にいて同じ言語を発しているのに、互いに存在が見えない」という状態になっていて。これのいきついた結果が、同じ言語で話しているのに全く通じ合わない今の社会なんじゃ無いのか。互いにバックグラウンドが全く共有されていないから、出てきた言葉を解釈できない。
少しだけThreadsを触ってみて、少しだけわかってきた。 Threadsは(そして多分𝕏も)、アルゴリズムで似た意見のもの同士の投稿をよりたくさん見せるようになっている。これ、良く無いと思う。分断を強調するだけになってしまうのではないか。 「自分たちが普通で当然」と言う意識を強調することになっていないか。そして、そこに異論を流しても互いにほとんど見ない状態になっているのではないか。
TM報告書に至るまで日本では誰も知らなかった話、では無いんだよね。ずっと言われ続けていて、その裏付けが出てきただけ。なぜ今まで無視され続けていたのか、と言うところにこの問題の焦点があると言ってもいい。
Nostrの公開鍵だけだとわかる人にしかわからないから、damus ioへのURLの形で記載することにした。これだとリンク形式になって、よく見るSNSっぽい雰囲気を醸し出すことができる。
恋愛しないと言うのは別に、何かが欠けてる事を意味しない。恋愛しないからこそわかることだってあるだろう。だから、置いてかれると思わないでほしい。向きがちょっと違うだけなんだ、ちゃんと進んでいるんだ。
今回の高市氏の無駄遣い解散のもう一つの狙いは、党内穏健派・極右と距離を置く議員の粛清なんだなあ。自民党支持者はよくよく考えて投票した方がいいと思うよ。マジで今までの自民党とは別の、もう一つの参政党みたいなものが生まれかねない状態だから。
エスコンフィールド、いった事無いんだよなあ。ムーミンのイベントもあるし、一回行ってみようかなあ。