考えながら書いているかどうか、熟慮しているかどうか、というのは、問題の焦点ではなくて、書いた言葉が偏見や差別を煽っているかどうか、が問題です。 偏見や偏見に基づく差別は、しばしば悪意なく行われます。社会に偏見が蔓延っていれば、「みんなと同じこと」を言うだけで差別の助長になったりします。 考えながらの投稿でも、せめて他者への加害にならないか、という配慮は必要ですし、それをしないなら、「自分のやっていることを正義と信じて加害するカルト」とさして変わらない立ち位置にいるのだなと私は理解します。
アニメ・ザ・ビートルズは、放送時にラジカセで録音して曲を集めたんだよな……。 あれで覚えた曲がたくさんある。ストーリーは荒唐無稽だったけど、なんか癖になる味わいがあったんだよね。DVDボックスとか出ないんだろうか(まあ無理だろう)。
平和主義とは、手っ取り早い手段に頼らない覚悟と胆力のもとに実現する、最も遅く最も強い力ではないかと思う。
私は、「基本的に人は善い存在でありたいと願う存在だ」と思ってる。思うようにしてる。 もう少しひねた言い方をすると、「人は、他者に『善い存在だ』と思われたい存在だ」と、思ってる。 だから、いろんな良いことも、いろんな悪いことも、本人は「良かれ」と思ってやっているか、もしくは「そうせざるを得ないんだ」と思ってやっている、のだろうと信じる。 その「良かれ」とか「そうせざるを得ない」を、知っていくことが対話なんだろうなと思っていて、しかしその対話の入り口をどう見つけたら良いのか、で今困っている。 想像することは簡単なんだけど、想像をして、その想像を前提に応対したら、その創造があっていようが間違っていようが、良い気持ちはしないだろう。
平和主義ですら、戦争の口実になるこの世の中だよ。「主義」に根を求めるのではなく、実際にやっていること、実際にやろうとしている事についてまず直視しないといけない。主義は羽織みたいなもんで、表側を装う機能をしばしば持ってる。その人たちが単に羽織っているだけなのか、きちんと芯にその思想の軸があるのか、なんて、簡単に判別できるようなものじゃない。そういう慎重さも必要。
その議論の雑さに関しては、自分を振り返ってみることも必要なんだよな。 宗教や、政治団体の「属性」だけ見てわかったつもりになっていないか、というのは、本当に気をつけないとやらかしてしまう。し、今もなおやらかし続けている。気をつけているつもりでも。 特に、嫌いな集団に対しては、雑に「そんな奴らだし」というふうにわかったつもりになりがちだ。それはとても危ない。
前も指摘したけど、そもそも「人権」をうたって破壊的な行動をした人もいなかったわけじゃないわけで、いちいち過激派について「この理論の末裔である」云々と強調することにはあまり大きな意味はないのよ。破壊行動を容認する理屈なんてどうとでもつけられてしまうんだし(理屈と膏薬はってやつ)。過激派は、個別にその問題点を指摘していけば良いのであって、「日本人の過激派だった」とか「彼らは貧困層だった」みたいな、属性で切り分けを始めると、それは容易に差別や偏見に繋がる。そういう観点で自分の投稿をもう一度読み返してほしい。
アメリカのAI企業への期待感で「景気が上がってる」というけど、それは完全にバブルに対しての期待であって、これが成功したところで雇用は対して増えないし、国内に回るお金もそんなに増えない。 彼らは、大量に資源を食うくせに国の富を吸い、少数の企業で回すだけの「ガン」みたいな存在だと思う。
国家の経済力って、実のところ多くの庶民の購買力に最も関係していて、超富裕層とかのビジネスは、いうほど影響ない。超富裕層のビジネスは基本、バブルに費やされることのほうが多いから、実際の経済を回す力がとても少ない。
「現役優先」のフリをした富裕層優遇じゃないか。これにころっと引っかかる人がたくさんいるんだろうな。消費税は景気悪化させるし、「富裕層減税の財源」でしかなかった。財源を言うなら富裕層の課税強化をすべき。 https://htn.to/2aNzWNk8qb