札幌は、朝になって雪の警報の類は全て解除になったらしい。まだ外の様子を見ていないが……どうなっているのか、怖くて確かめる気にならない。、すごく積もっていたら嫌だなあ。
「プログラミング言語大全」と言う本には、様々な言語が紹介されているのだけれど、Forthは収録されていないようだ。なぜだろう。割と重要な言語だと思うのだけど。
バベルの塔を破壊され言葉が通じなくなったように、私たちは今、言葉は通じるのに会話が困難な世界にいるのかもしれない。信頼という概念が壊され、誰もが言葉を信じない世界になってきている。なんの罰だ。トランプの政治を容認し続けてきた罪に対する、罰なのか。
選挙の結果で喜んだ記憶がほとんどないのは、記憶に病気を抱えているせいではないだろう、とほぼ確信できてしまうのが、なんだか辛い。
また降りるバス停間違えてしまった。ウォーキングを楽しもう。なんも降ってないし、問題ない。
戦争などが起きて、さまざまなサービスの利用が難しくなった時、Nostrは頼りになるかもしれない、とは思っている。
世界がきな臭くなりつつあるので、この自由に全振りしたようなSNSに、片足を置いておきたいと思っている。
自分にとっては「最後の砦になりうる場所」だけど「普段過ごすには覚悟がいる場所」なんだなあ。
剥き出しの自由は、万人との闘争の場だ。人が現状それほど多くないせいで、闘争らしい闘争なんて見ないのが現実だけど。
いろいろ、自衛しなきゃならない場所でもある。だから誰にでも勧められるかと言うとそうじゃない。
ただ、「国家からの規制」からは最も遠い場所であるのは確かだと思う。それは「自由」と「危険」の両方をユーザーにもたらす。
Nostr見た後ブルースカイを見るとなんか人口が多く感じて、都会かなあ?って気持ちになる。
公式アカウントも多いしな……
しかし、Nostrは野放しの自由みたいなものがあって、好きな人はすごく好きだと思う。危うくもあるけど、今のところ「主流の場所」ではないので危うさが前面に出てくる事はあまりない。
科学的、というのは「批判」との対話である。批判から閉じた論は、どれほど辻褄が合って居ようとも、どれほど美しかろうとも、どれほど世界と整合していても、それは「魔術」と変わらない。それはアップデートのない先祖伝来の技術と同一の存在である。おそらく、氏のこの論には𝕏上でも複数の、そして理に適った批判が送られているのではないかと予想する。ぜひ、その批判と対面し、対話をしてもらえたらと思う。