経済・生物・栄養価や無毒化などの(総合的な)調理・環境・社会と人種問題など、理学的・社会学的な知識がバックボーンにあり、作中世界ではそのバックボーンが常に彼らの行動の制約となり同時に解決策をもたらす手段になっている。そういう「知的な愉しみ」の深い漫画であって、単純に「パーティと退屈しない冒険」をする作品ではない。もちろん、そういう方向性で読むのは自由だし、そう楽しんでいる人もいるだろう。だけど、ダンジョン飯を楽しむ人が多いことを理由に、現代人の願望をそう読み取るのは、明らかにおかしいのではないか。
いやまあ、コメディ漫画だから、呑気で緩くやってるみたいな風に受け取る人がいるのは仕方がないかもしれない。 しかし、ストーリー冒頭にパーティメンバーの死と、その死の再生のためにかかるコストの高さと、そのためにはパーティ解散しかないか、という極めて厳しい状況を設定し、その後も(作中ではそう見えないけど)、可食かどうか判然としないものを躊躇しながら調理し、食事して生き延びている(ライオスが楽しげだからいかんのだ、ああいう特殊な人間を基準に世界を測ったらいけない)。
フリーレンの方はあんまり見てないので知らないけど、ダンジョン飯は「気の合う仲間と〜〜」ではないので、なぜここで例示として名前をあげたのか理解できない。ダンジョン飯のパーティは、常に誰かの提案とそれに対するメンバーの批判というものがあって、彼らはヌルく仲良くパーティをしてたわけじゃないのに。 RT: フリーレンとかダンジョン飯の人気を思うと、現代人の願望は「気の合う仲間と退屈しない程度の冒険をしたい」なんだろうか。
自分にとっては、これがニュースステーションのテーマだったんだよなあ。スポーツコーナーだけではなく。未来に不安もあるけど、カラ元気をフル回転していこう。 https://htn.to/2hCqodw1Ed
「国民を戦争に向かってミスリードしたという過去が民間放送にはありません。これからもそういう事がないよう祈っています」 考えてしまう。これを最終回にあえて言う意味、そしてこれを今公開する意味。 https://htn.to/SXTytuqmSx
道が波うってるなあ。こりゃ、明日の朝も大変そうだ。大きい通りは除雪車が入るからいいけど……
AIがしてくれるのはあくまでアドバイスであって、決めるのはユーザー自身だし、責任を取るのもユーザー自身。頼りになるからと任せきりにしたら、いつヤバい責任を取らされるかわからないよ。 いやまあ、そもそも自分が選んでない結果の責任も、選挙の場合は取らされることがあるんだけどね、政治の場合は。悪政や戦争といった形で。
iPhoneの修理、結局買い替えを勧められたけど、販売員さんが普通にお値段のことを考えるとキャリア乗り換えていただくのが良いかとっていうのすごいなあ(しかも自社から他社)。今までAppleから直で買ってたから知らない世界だわ。
これが通勤ラッシュってやつか。田舎もんの自分でも体験できる日が来るとはねえ。(まだまだこんなもんじゃないって言われたりするかもだけど)
バスもだいぶキテる。鉄道に乗れなかった人が詰めかけててすごい行列ができてる。地下鉄も同様。なんか急に災害現場じみてきたな。